【逆説の投資論】投資は本来退屈なもの、退屈でないと鴨にされるだけ

旬のテーマ株に魅力を感じ、スイッチングを繰り返す投資手法。

それはそれでひとつの方法。
儲かることもあるだろうから、一概に否定はできない。

私もかつて、株式投資を始めた頃はそうだった。
「スイッチングのタイミングのうまい人が投資のうまい人」と思っていた。

でも、長い目で見れば、そうとも言い切れないな、と分かってきた。

むしろ、普段は本業に精を出し、
たまに株価をチェックする人のほうが、賢いのではないかと思うようになった。

よほどの異常事態が発生しない限り、ポジションを変更したりしない。
初めが肝心。エントリーの時点で勝敗の大部分が決まる。

ごちゃごちゃポートフォリオを入れ替えたりしない。
見通しがしっかりしているから狼狽することもない。

冷静になって考えてみよう。

①証券会社へ支払う手数料
②国へ支払う税金
③なにより、投資の情報収集に明け暮れる時間

すべて、本来の自分の人生から楽しみを奪う要素だ。
投資は、自分の人生という時間を豊かにするためにある。

投資が「主」であると、人生が「従」になってしまう。

だから、できるだけ、投資は退屈なものにしなければ意味がない。
投資にあくせくしている人ほど、いい鴨にされているだけ。

逆説的な言い方だが、退屈な人ほど、最終的には得している。

損して終わったという人は、
ポートフォリオ構築の際、初めの建て付けが悪かったか、
異常事態を見過ごして、何も手を打たなかったか、
あるいは、途中でメンタルが続かなくなったか、いずれかだと思うよ。

もっと、人生を楽しもうよ。
二度とない時間なのだから。

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